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診断から退職まで編2~退職カウントダウン~

体験記

退職カウントダウン

 これだけを見ると、退職までの日取りが決まっていて、いよいよ退職だ!

 と、前向きな内容と考えるかもしれません。

 しかし、この先はそんな内容はひとつもありません。

 退職カウントダウン = 退職させられるまでのカウントダウンのお話です。

 

 きっかけなどはこちらで

退職する2週間前

 診断から退職までの1ケ月中の後半の2週間は、まったく職場にはいけなくなりました

 その2週間の幕開けは、例によって体が動かずに、ベッドから出られずに欠勤しました。以前であれば、1日休めば翌日は職場に行くことができましたが、この時はもう糸がすっぱりと切れたようで全くだめでした。翌日も、その翌日も症状が出て、ついにはまったく出勤できない週になってしまいました。

 今までにない経験は、私の心をさらに病んだ状態にさせるのにあまりにも十分でした。

 私はだめな人間だ、最低な人間だ、迷惑をかけてしまった、合わす顔がない、申し訳ない、もうどうにもならないという自責の念や罪悪感にずっと駆られていました。

 職場から心配と休むようにとの電話はいただきましたが、それが私には

「休みやがって」「仮病じゃないの」「だめな人だな」と勝手に変換され、聞こえていました。

 

 それでも、絶対週明けは復帰するぞと自分を奮い立たせるように言い聞かせていました。

 なによりも、生徒のためと思い・・・・

 

 週末に比較的体調が良かったのと、さすがに食料が無くなりかけていたので買い出しに行きました。

 久しぶりの外出は、気持ちが晴れやかになり、すっきりする・・・どころか、逆に後悔の念が強くなり、どんどん暗くなっていきました。

 なぜなら、「平日に何もできずに過ごした人間が、休日に部活動も見ずに買い物に来ているなんて、なんてことだ」とずっと頭の中で思い続けていたからです。

 そして、この外出が最後のトドメを刺しました。

退職に導いたトドメ

買い出し時に、食料品と共に『インフルエンザウイルス』を持ち帰ってきてしまったのです。

 週が明ける夜中から高熱・関節痛・だるさといったインフルエンザの諸症状が出始め、朝にはいつものうつ症状とインフルエンザで、完璧に動けなくなりました

 そのせいで、職場に休む連絡もできず、電話が鳴るも出られずとなってしまいました。

 一方家の中では、早くご飯を食べなさい!・着替えなさい!・遊ばない!などなどいつもの喧騒が聞こえていました。私にかまっている余裕はない状態です。

お宅訪問

 結果的に、無断欠勤となってしまいました。

 そして、玄関から「ピンポーン」が聞こえてきました。(気を使ってもらい、子どもらは送ってもらえたようです)

 誰が来たかを察知し、何度かピンポンを鳴らされる中、這いずりながら玄関にたどり着きやっとのことで鍵を開けると・・・・

 

 

 

 心配そうな管理職の顔(当時の私には、「あ、この人もうだめだな」という表情に見えた)がそこにありました。

 これ以上とない情けなさに陥った私は、玄関で泣きながら謝罪し、心底びっくりされました。

 当然ですよね、ゾンビのような状態のものが玄関開けたらそこにいるわけですから。そして、理由もなしにただただ「すみません」を繰り返し、泣いているだけなのですから。

 この時、正常な思考が全くできなかったので、インフルエンザのようですと告げられずに嗚咽するばかり。

 さて、突然ですがあなたが管理職の立場ならどのような対応をしようと思うでしょうか?

 嗚咽し、異常な状態で、事情を聞ける状態ではないですから当然・・・・・

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 その通りです!

 両親を学校に呼びつけるが正解です!

 ・・・・・次の記事でそのことを書きます。

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